高橋克典の“法律 だいすきになーれ+ひとり言α”

・・・・・ まずは“宅建資格”から

行政書士試験まであと少し・・予想してみました!


宅建試験の方で忙しくしていて、すいません。

おそいですが、今回から行政書士試験の予想らしきものをしてみたいと思います。当たらないかも(弱気です)。範囲が広すぎですね。

今回は、憲法でして見ましょう。もしかしたら、法学で出されるかもしれないので、ポイントを押さえましょうね。

いわゆる「特別権力関係論」というものです。

特別権力関係論によると、公権力と特別な関係にある者に対して公権力が包括的な支配権を有し、公権力は法律の根拠なく人権を制限することができ、それについて裁判所の審査は及ばない、といううものです。

要は、一般の国民の場合より、基本的人権をより広く制限されることを正当化しようとすることですね。

たとえば、受刑者はなぜあれだけ制約されるか、ときいたときに、ひと言でいえといわれれば、むーん、特別な関係にあるからだよ、といえば簡単でしょ。

内容として、�@法治主義が排除されて、特別権力(公権力)の主体から法律なく包括的に支配されること、�A法律なしに人権を制約できる、�B司法審査は及ばないこと、です。

この理論は、19世紀後半のドイツで生まれた理論です。これは、議会が制定する法律によるコントロールを排除しようとする理論でした。

明治憲法体制下でも、もちいられた理論ですね。

もし試験ででるとしたら、この関係が成立する場合のひっかけがでそうかな。

特別権力関係が成立する場合としては、「法律の規定に基づくもの」と「本人の同意に基づくもの」とがあるといわれています。

前者の例として挙げられていたのは、受刑者の在監関係、伝染予防法の伝染病患者の強制入院など、

後者の例として挙げられていたのは、公務員の在勤関係、国公立学生の在学関係です。

これを逆にして引っかけさせようと思うはずです。でも、大丈夫でしょう。

では、これを採用するのは問題ないかでしょう、この特別権力関係論には、本質的な問題がありますね。

それは、特別権力関係に属する者が一般国民としての地位に何らかの修正を受ける点で共通の特色を持っているのにもかかわらず、権力服従性という形式的要素によって、包括し、人権制約を一般的・観念的に許容する点です。

やはり、せいげんされるなら、もっと丁寧にいってほしいですから。

批判するとしたら、国会が唯一の立法機関だからこれに反するとか、法治主義をとっているのでこれに反するとか、憲法は人権を保障しているから妥当しないとか、などが理由付けでしょう。

だから、この理論から当然正当化されるのではなくて、個別具体的に考えて、どの程度人権が制約されるのかをきちんと提示すべきことになりますね。

たとえば、在監者の判例としては、「よど号」記事抹消事件において閲読の自由が問題となった事例で、在監目的のため「相当の蓋然性」があり、必要かつ合理的なものにとどまる限り、制限が認められるとしましたね。

あと、、富山大学事件では、特別権力関係論ではなく、部分社会の理論で考えていましたね。

大学は、一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成しているとして、単位認定行為は司法審査の対象とならないとしましたね。

でもそうでなく、専攻科の終了を認定しないことは、学生が一般市民として公の施設を利用する権利を侵害するときには、司法審査の対象となるとしている点も押さえておこう。

きっと出ると信じて?

では、また。

行政書士の予想問題は上記の本「らくがく(楽学)行政書士 直前模試」で解いてみよう。


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